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FLAG外伝 第1章 /野崎 透
1.プロローグ(3)

 シンボル財団の歴史研究員で主に13世紀以降の南アジア地域における上部座仏教の展開について研究しているロバート・シェーンベルク博士は、ゲルト派の誕生について次の様に語っている。
「ゲルト派の歴史に関しては、明らかに他の宗教と性格を異にする特殊性を見て取る事が出来ます。例えば、信仰の主柱となるヌチャラント・ラ・ポーですが、その地位は世襲やある種の戒律に基づく叙任システムを経て受け継がれるのではなく、ただ転生と言う極めて観念的な神性の授受によって、しかも世代の交替という形で行われるのです。これを、中国において理想的な権力の委譲形態と考えられている禅譲の一つの変型とする見方もありますが、しかし、一方で転生仏選別の基準が能力ではなく、誕生の日付けや肉体的な特徴等に依拠しているという点において、やはり根本的に異なったものと言わざるを得ないでしょう。また、こうしたシステムが誕生した背景に、敢えて宗教的な権威を抽象的存在とする事によって実質的な権力を自らの元に押し止めたいとするゲルト派教団全体の意図があったという見方も、ラ・ポーが絶対的な権力を握っている現実を見る限り、飛躍したものと言えると思います。やはり、伝説に語られている様に、絶対的なカリスマを確立した初代ラ・ポーが自らの意志で転生と言うシステムを確立したというのが、現在、最も確実と考えられている見方です」
 シェーンベルク博士が語る様に、ヌチャラント・ラ・ポー(現在は二十三世まで転生が受け継がれている)は一宗派の指導者と言う以上に、ゲルト派の絶対的な主柱であり、またこの国の実質的な最高権力者でもあった。
 もちろんウディヤーナにも政府は存在する。また、国会に相当する立法機関や行政府の長である首相も置かれていた。しかし、それらの議員や閣僚を任命するのはあくまでラ・ポーであり、国民もその意向には絶対的に服従を示すだけだった。
 こうした前近代的な非民主的政治形態が、外からの介入者に対して恰好の口実を与える要因になった事実は否定出来ない。だが、ラ・ポーによる実質的支配が単なる独裁ではない事もまた、容易には否定出来ない事実だった。それは、ラ・ポーの権威に対してこの国の人々が与えている圧倒的な支持からも窺い知る事が出来る。例えば、もし今この国で民主的な選挙が行われたとしても、その結果は完全にラ・ポーの意に沿ったものとなるだけだろう。
 しかし一方で、そうした支持は、やはり人々のゲルト派に対する恐怖によって作り上げられたものでもあった。
 シェーンベルク博士は続ける。
「例えは悪いかもしれませんが、ウディヤーナの政祭一致はむしろマフィアに近いかもしれません。そこには明らかに恐怖を下敷きにした支配体制があります。しかし、それを国民は決して拒もうとせず、自分達の生き方として認めているのです」
「もちろん、ただ恐怖だけでは精神的に疲弊してしまいます。そこで、バランサーとして二元的な権威を与えられているのが転生女神、つまりクフラなのです」


 クフラに関しては、まずその転生女神について語らねばならない。
 ウディヤーナの人々は、生死や来世の幸福等といった自らの力の及ばない事象に関してはゲルト派の権威を受け入れてきたが、もっと身近な問題、例えば商売の成功や結婚等といった世俗の欲求に対しては、仏教が伝わる前からこの一帯で信じられてきた様々な神や交易商人と共に周辺から流れ込んできた宗教の方に頼る事の方が多かった。それらの中でも生誕や健康を司ってきたのが、豊穣をもたらす生成の女神クフラであった。
 クフラがこの国でどれほど深く崇められているかについては、スバシの旧市街へ行けばすぐにでも知る事が出来る。旧市街の一画に転生女神の住居である宮殿が壮大な伽藍(がらん)を構え、女神の利益を得ようとする人々によって日々、賑わいを見せているからである。
 街の中には森羅万象を司る様々な神々の祠がそれこそ辻毎に設けられているが、その中にあってクフラの宮殿が与える印象はやはり突出したものと言う事が出来る。
 こうした深い信仰を集める転生女神は、ラ・ポーの場合と同じ様に、世襲ではなく厳格な条件に従った資格審査を通して選ばれる。もっとも、多岐に亘るその資格の一つ一つは必ずしも合理的な理由を伴うものではない。例えば、クフラの候補者は32の身体的特徴を備える4〜5歳のウディヤード族の少女から選ばれる事になっているが、何故ウディヤード族でなければならないかについては全く語られていない。他にも、牛の生首と四夜を共にしても泣き声を上げないとか、蜂と同じ部屋に置いておいても刺されない等といった審査が課されるが、それらに関してもどの様な由来に基づくものであるかは残念ながら一切伝えられていない。
 少女が何歳まで女神であり続けられるかについてもまた、明確な規定はない。ただクフラは血の穢(けが)れを最大の禁忌としており、その為、転生女神は初潮を迎えると同時に人間へと戻され、再び新しい女神が迎えられる。
 何れにしても、こうして全ての資格審査に通過した少女は転生女神クフラとして、スバシ北西の旧市街の一角に設けられた宮殿の中で暮す事になる。原則的に外に出る事は無い。ただし、ゲルト暦7月の満月に行われるクフラ神の祭礼の時は、輿に乗って市内を巡回し、人々の前にその姿を見せる。また、極く稀にテラスから顔を覗かせる事もあるが、こちらはあくまでも非公式なものであり、決まった時間がある訳ではない。それでも、大体は早い時間帯に集中しているため、早朝のクフラ宮殿の前へ行けば、クフラを拝む僅かな機会を求めて普段から大勢の人々が押し寄せて来ているのを見る事が出来る。
 喜びと恐怖——クフラへの信仰とラ・ポーへの畏敬は、長い間、ウディヤーナの精神と生活を支配してきた。
 しかし、21世紀の不寛容は、その静謐を嫌った。果てしなく増殖する人間の欲望は、この天空の小国が孤高であり続ける事を認めなかったのである。


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