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FLAG外伝 第1章 /野崎 透
2.戦いと報道(1)

 ライトスタンドの明りが咳き込む様に短く揺れた。それまでオレンジ色の小さな塊を作っていた赤熱灯が小さな風に吹き消される様に瞬き、部屋はたちまち闇に包まれた。
 赤城はルーペから目を離すと、ゆっくり身体を起こし、僅かに傾いた鎧戸の隙間から外を窺った。通りを挟んだ反対側の電柱にぶら下がっているはずの街灯が見えない。力つきて落ちてしまったのか、それとも眠っているのか、どちらにしても、僅かに見える外の通りは部屋の中と同じくらい単調な闇に沈んでいた。
“停電か……”、真っ暗な机の上にルーペを置くと、赤城は心の中で呟いた。“この政権もそろそろ限界かな”
 赤城は背もたれに身体を預けた。紛争地で停電が頻発するのは決して珍しい事ではない。このスバシでも停電は毎日の日課になっていた。ただ、今日はこれでもう二度目だった。それも、開始のベルはいつもよりたっぷり2時間は早かった。
 これまでいくつも危ない地域で取材してきた赤城は、一つの法則を見つけ出していた。それは、まだ停電が決まった時間に起きている内は政権も安泰だが、それが出鱈目になってくるとそろそろ危ないというものだった。その法則に照らし合わせれば、今回の停電はいよいよ来るべきものが来た兆候という事になる。
 ウディヤーナの首都スバシで取材を始めて間も無く3ヶ月。その間、解放軍の公式発表とは裏腹に、反政府側武装勢力の攻勢はエスカレートの一途を辿っていた。一応まだ昼間なら一人でも歩けるくらいには治安も保たれているが、それも時間の問題だった。赤城が見る限り、首都の治安はもうノックアウト寸前のボクサー並みに、ボロボロになっているというのが正直な所だった。
 もちろん解放軍も何とかして暫定政府にテコ入れしようとはしていたのだろう。しかし、その方法は赤城から見てあまりも稚拙だった。過去の数知れぬ失敗の例を見るまでもなく、治安の維持に必要なのは何よりも国民の気持ちを引き付ける事のはずだった。どんな政府であれ、それが自分達の生活に直接的な利益を与えてくれるものであると思えば、人々は自然と従う様になるものだからである。
 ところが、解放軍は治安の維持にひたすら強圧的に威嚇するという方法を用い、生活環境の復旧は二の次にしたのだ。
 その良い例がこの電気の供給だ。
 数多くの急流に恵まれたこの国は水力発電所の建設が容易という事もあって、電力だけは周辺諸国に輸出するくらいに豊富だった。しかし、解放軍の侵攻と共に状況は一変した。本来なら真っ先に守らなければならないライフラインの警護を解放軍が全く無視した結果、発電や送電施設が武装勢力の標的となり、首都スバシでは停電が頻発する様になったのである。
 それでも解放軍の側に何とか事態を打開しようとする姿勢が見られたならば、スバシ市民もそれほど露骨な反発は示さなかったもしれない。ところが、実際はその逆だった。解放軍は電力を自分達に優先的に回し、そのツケを全て住民に回したのだ。
 市民は毎日の様に目の前で見せつけられてきた。夜、街の明りが全て消えても、解放軍が本部を置いているシティ・ホテルと検問所だけはサーチライトで煌々(こうこう)と照らされているのを。それだけではない。電力をバカ食いするレーダーも昼夜の別無く回り続けていた。
 ところが、そんな解放軍に対して傀儡(かいらい)政府は一切何の抗議もしようとしなかった。それどころか、高官の中にはこっそり自分達の家にだけ電気を回してもらう者も出てくる始末だった。
 腐敗し切った人間が見せる醜悪な姿がそこにはあった。しかし、赤城は知っていた。それが決して特別なものではない事を。数多くの紛争の中で彼は見てきた。権力のテーブルに乗った人間がどれほど簡単に醜悪な怪物に変わってしまうという現実を。

 紛争地を中心に取材活動を続けるフリー・ジャーナリスト達の間には、一種独特のコミュニティーがある。と言っても、決して志を同じくする者同士の連帯等という高尚なものではない。むしろ、同じ餌に群がる狼にでも例えた方が分かりやすいだろうか、新聞社や通信社のお抱えジャーナリスト達は別として、取材現場で出会うのは大抵知った顔ばかりという場合が多く、そんな連中が何回か一緒に死線を潜り抜ける内に互いに仲間意識を持つ様になったという訳である。
 もっとも、仲間意識と言っても、それはあくまで仕事の上でのものであり、決してプライベートに立ち入るものではなかった。それどころか、国も、個性も、趣味も全く異なるこの共同体の中には、共通点どころか、取材に関係する情報外は共通の話題すらほとんど無かったのである。
 独善的で、目立ちたがりで、どうしようもなく鼻持ちならない糞野郎——それが戦場のジャーナリスト達の実像だった。いや、少なくとも全員が全員、自分以外の人間はそういう糞野郎だと思っていた。ただ、それでも一つだけ、誰もが認めるところがあった。それが、「確かに連中はどうしようもない人間だが、しかし、どんなに危ない場合でも絶対にビビらない図々しさだけは持っている」という資質だった。
 確かにそんな連中はそうザラに居るものではない。少なくとも、石を投げれば当たるという類いの人種ではなかった。だからこそ危ない仕事はその僅かな人間に集中し、結果的に戦場で顔を合わせるのはいつも同じ顔という事になるのだろう。
 それはこのウディヤーナでも繰り返される事となった。
 天空の宗教国に火種が発生した時、たまたま別の地域で民主化選挙を追っていた赤城は、即座に取材を中止すると、ほとんど反射的に飛行機に飛び乗った。
 ところが、空港から直行したスバシの旧市街で彼が見たのは、雑踏の中でカメラを構えている馴染みの顔だった。
 赤城は心の中で軽く舌打ちした。そして、バッグからカメラを取り出しながら、思った。またいつもと同じ様な仕事が始まるのかと。


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